2022年8月14日日曜日

政治と宗教と選挙

安部元首相の殺害事件の犯人が、犯行理由を「母親が世界平和統一過程連合(旧統一教会)へ行った無理な献金で家庭が破綻した。安部元首相はその教団と関りがあると考えた。」という趣旨のことを述べたと言われることから、教団の存在がクローズアップされ、霊感商法などで社会問題となった同教団と政治家の関りが問題視されています。

直近のニュースでは全国会議員の108人に接点があり、そのうち8割が自民党議員であるという事。

教団の説明では反共産主義(反共)が方針で、その関係上自民党議員が多くなったという事でした。

共産主義は神の存在を否定するわけですから、宗教団体としては都合が悪いのは当然のように思いますが、ほかの宗教、特に世界各地でテロも辞さないイスラム教などでも反共を唱えるという話は聞きません。中国のウイグル問題、ロシアのチェチェン紛争など、イスラム教徒である民族が弾圧されてもです。

それは表向きの話かもしれませんが、そこには民俗弾圧は政治問題であり、宗教問題として捉えていないという理由があるのだと思います。

政治家を支援することにより政治に教団の理念に沿った影響を与える。

教団の主張に賛同していれば別として、知らなかったのだから影響は受けようがないと言うならば、議員の地位を低く見すぎていると言わざるを得ません。

選挙活動で電話をかけてもらっただけ、祝電を送っただけといっても、その代議士事務所と関係がありますよという事実は残りますから勧誘活動に利用されることはあったでしょうし、国家公安委員長まで関係していたのであれば、公安調査に影響を与えた可能性があります。

政治家を支援する目的はそのようなもので、支援を受けた政治家は、その言葉の真偽は別として、知らなかった。辞めるから問題ないでは済まされないことです。

一方、宗教は人の生活の中に溶け込み社会の一部となっている部分もあります。

アメリカで議論になっている人工中絶の問題は、当事者の生活に対してキリスト教社会が制限をかけようとするものでしょう。

ハラルフードなどはイスラム教徒の戒律が守られているもの。日本人の初詣や墓参りなどは神仏習合の習慣が日本社会に溶け込んでいるもの。

社会と宗教は切り離せないものですし、社会を運営していくものが政治なのですから、政治と宗教は完全に分離することは出来ないものですが、周りに知られないように自分たちの都合の良い社会を作るというのは認められることではありません。

それを可能になる仕組みや制度には欠陥があるのでしょう。

今の日本では、有権者の1/4が投票すれば過半数を取ることが出来、過半数を取れば少数者の意見をないがしろにして物事を決めることが出来てしまいます。

投票者の数が少なければ、確実に投票してくれる応援者の声は通りやすくなります。

同じ人が当選するとしても、そう言った人たちの割合の多少が政治や社会に影響を与えます。

今回の問題を投票率が低いという事の意味を捉え直す機会にしてほしいと思います。