2013年4月21日日曜日

学ぶ事と原発事故処理


近所のスタバでラテを飲みながら、ぼうっとしている。
前を見ると、英文の医学書を辞書を引き引き読んでいる大学2年生くらいの青年がいる。

そうだよなって、思い出したのは、自分が小学生の頃。
全然分からない小説を、先生に褒められたくて一生懸命眺めていた。
何かを始める時って、そういうもんだったなぁ。
ある程度知識を得て、経験を積むと、そういう事はすっかり忘れている。

今の自分は、安直に人に教えてもらったり、答えを見つけるだけを目的に近道を探したり。
それじゃその時は凌げても、凌ぐ事の繰り返しで、例えば予想されるリスクとかの想定が甘くなったり、十分な気配りが出来なくなるんだろうな。
あのときは、ああだったって経験の積み上げは出来てもね。

多分、東電の原発事故もそういう中で起きたんじゃないかな。
自分たちの経験の中だけの誤った判断。
もちろん政治的圧力や経営的問題、経済界からの要求という諸問題があっただろうけど。
起きてしまったことは取り返しがつかないのだから、解決策を必死で考える。
そこには国の援助もあるんだから、なにふり構わず集中することは出来るはずだ。

2013年4月15日月曜日

原発事故の避難って


知人の、週末に南相馬へ行って来たというTweetを見て、ああ原発事故はまだ終わっていないんだなって事を実感した。
放射能汚染水がプールから漏れたとかそんなニュースは聞くけど、それによる直接被害は今の所(あくまで、今の所だよ)判明していないという事も有り、なんだか関心が薄れつつある気がしていた。
それで思ったのは、いつまで避難なんだという事。
南相馬の避難は、放射能汚染による避難。
同じ地震での避難でも三陸とは違う。
三陸は、家族も帰る家も財産も流されて・・・っていう避難だけど、福島の人たちの家や財産は昔のままそこにある人もいる。
ただ、放射能に汚染されていて、そこに住めば生命の危険があるというもの。
つまり、失われていないけど失われている。
いつか戻れるものという希望を持って避難をしているんだと思う。
しかし、いつ帰れるんだろうか。
未だにその行程が示されない事に、呆れている。
穿った見方をすれば、避難をしている人の帰りたい気持ちを逆手に取って補償を先延ばしにしているのではないかともとれる。
本来、汚染された地域は東京電力が買い取り避難している人たちに新しい生活の場を提供するべき。
以前の生活の場に戻りたいと願っても、放射能で汚染された土地に住めるのかということ。
国が線を引くべきという人が多いが、原因を引き起こした者が責任を負うのは当然。
天変地異による損害は責任を取れないという理屈もあるけど、本当に天変地異による不可避のものだったのか。
東京電力の取締役で、組織として決定したものであるから個人として責任を取る必要はないというニュアンスの発言をした人がいるように記憶しているけど、組織として決定したものは、その決定に関わった全員が責任を負うべきものだし、その責任を負うからの役員報酬だ。
避難している人がよそに行きたくない気持ちはわかるが、その土地は失われてしまったという事実を受け入れなければならない。
そして、それを受け入れてもらうための手続きを、それを引き起こしたものが行う義務がある。
国で行うべきという議論は、その主体が失われた時に行われるべきだ。
関東の電力エネルギーの独占企業として、その責任をきちんと果たす事。
多くの痛みを周りにぶちまけながら存続している企業体なのだから、何をするべきかを、きちんと考えて行っていくべきだ。
いつまで避難と言って誤魔化しているのか。
とりあえず、個人的には理解できない。