2013年4月21日日曜日

学ぶ事と原発事故処理


近所のスタバでラテを飲みながら、ぼうっとしている。
前を見ると、英文の医学書を辞書を引き引き読んでいる大学2年生くらいの青年がいる。

そうだよなって、思い出したのは、自分が小学生の頃。
全然分からない小説を、先生に褒められたくて一生懸命眺めていた。
何かを始める時って、そういうもんだったなぁ。
ある程度知識を得て、経験を積むと、そういう事はすっかり忘れている。

今の自分は、安直に人に教えてもらったり、答えを見つけるだけを目的に近道を探したり。
それじゃその時は凌げても、凌ぐ事の繰り返しで、例えば予想されるリスクとかの想定が甘くなったり、十分な気配りが出来なくなるんだろうな。
あのときは、ああだったって経験の積み上げは出来てもね。

多分、東電の原発事故もそういう中で起きたんじゃないかな。
自分たちの経験の中だけの誤った判断。
もちろん政治的圧力や経営的問題、経済界からの要求という諸問題があっただろうけど。
起きてしまったことは取り返しがつかないのだから、解決策を必死で考える。
そこには国の援助もあるんだから、なにふり構わず集中することは出来るはずだ。

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