2022年10月10日月曜日

ITと貧困

 前世紀の話。ITが浸透すると賃金が下がって貧富の差が広がると言われていた。

みんながネット通販を利用すれば実店舗は不要になり、二次卸、三次卸といった会社も必要なくなる。

店舗や会社を介することでたくさんの会社に分配されてきた利益が一部の会社に集中する。

生産者と消費者の中間にある多くの会社は淘汰され、少ない人員で利益を上げる会社に勤める人と、そのおこぼれの機械のような単純作業、生み出す付加価値が少ない仕事を、付加価値の分だけの報酬で請け負う人で貧富の差が拡大する。


そんな中で賃金を上げろと言われれば値上げをするしかなく、値上げと賃金上昇のどちらが先かと言えば、一般的に薄利多売の業種では値上げで利益が出ることが先。つまり、生活が苦しくなった後に賃上げとなる。

一旦苦しい生活を経験すれば、上がった賃金は将来のために貯金しておこうと考えるのが普通だろう。

そうなると、賃金が上がっても消費は増えないから、賃金を上げる原資がなくなる。

IT化によって効率が良くなった分、生活が貧しくなるという現象が現実に起きている。


Ubarなど、それをツールにしたビジネスが出てきているが、そこで働く人は個人事業主としなければ現実的な価格でサービスが提供できない。仕事=賃金は保証されないし、リスクも個人持ち。

IT化により職を失った人を、ITを使って、より低い条件で働かせる。

ITによってより良いサービスをより安く提供されている現在、便利になったのだからリスクを受け入れてしまえば、賃金が上がらなくても生活の質は落ちないという見方もできる。

一方、日本はITの活用が遅れていて労働生産性が低いというが、労働生産性を高めた先にはさらなる貧富格差の拡大が待っていると考えると、それは良いことだけではないのではないか。

しかし、高齢化と人口減少で労働者が減り、消費も減る日本には一層のIT技術の活用が求められることになることは間違いない。

少子高齢化による人口減少が進む国と、人口が増え続ける国では物事の物差しが違うのは当たり前だから、それを踏まえた評価と対策をとらなければならない。

世界一律の物差しで評価することは不幸を再生産することになるだろう。


2022年8月14日日曜日

政治と宗教と選挙

安部元首相の殺害事件の犯人が、犯行理由を「母親が世界平和統一過程連合(旧統一教会)へ行った無理な献金で家庭が破綻した。安部元首相はその教団と関りがあると考えた。」という趣旨のことを述べたと言われることから、教団の存在がクローズアップされ、霊感商法などで社会問題となった同教団と政治家の関りが問題視されています。

直近のニュースでは全国会議員の108人に接点があり、そのうち8割が自民党議員であるという事。

教団の説明では反共産主義(反共)が方針で、その関係上自民党議員が多くなったという事でした。

共産主義は神の存在を否定するわけですから、宗教団体としては都合が悪いのは当然のように思いますが、ほかの宗教、特に世界各地でテロも辞さないイスラム教などでも反共を唱えるという話は聞きません。中国のウイグル問題、ロシアのチェチェン紛争など、イスラム教徒である民族が弾圧されてもです。

それは表向きの話かもしれませんが、そこには民俗弾圧は政治問題であり、宗教問題として捉えていないという理由があるのだと思います。

政治家を支援することにより政治に教団の理念に沿った影響を与える。

教団の主張に賛同していれば別として、知らなかったのだから影響は受けようがないと言うならば、議員の地位を低く見すぎていると言わざるを得ません。

選挙活動で電話をかけてもらっただけ、祝電を送っただけといっても、その代議士事務所と関係がありますよという事実は残りますから勧誘活動に利用されることはあったでしょうし、国家公安委員長まで関係していたのであれば、公安調査に影響を与えた可能性があります。

政治家を支援する目的はそのようなもので、支援を受けた政治家は、その言葉の真偽は別として、知らなかった。辞めるから問題ないでは済まされないことです。

一方、宗教は人の生活の中に溶け込み社会の一部となっている部分もあります。

アメリカで議論になっている人工中絶の問題は、当事者の生活に対してキリスト教社会が制限をかけようとするものでしょう。

ハラルフードなどはイスラム教徒の戒律が守られているもの。日本人の初詣や墓参りなどは神仏習合の習慣が日本社会に溶け込んでいるもの。

社会と宗教は切り離せないものですし、社会を運営していくものが政治なのですから、政治と宗教は完全に分離することは出来ないものですが、周りに知られないように自分たちの都合の良い社会を作るというのは認められることではありません。

それを可能になる仕組みや制度には欠陥があるのでしょう。

今の日本では、有権者の1/4が投票すれば過半数を取ることが出来、過半数を取れば少数者の意見をないがしろにして物事を決めることが出来てしまいます。

投票者の数が少なければ、確実に投票してくれる応援者の声は通りやすくなります。

同じ人が当選するとしても、そう言った人たちの割合の多少が政治や社会に影響を与えます。

今回の問題を投票率が低いという事の意味を捉え直す機会にしてほしいと思います。

2021年10月27日水曜日

気候変動とコロナ禍

 当時ウルグアイの大統領だったホセ・ムヒカ氏が国連で気候変動の取り組みについて演説を行ったのが2012年。本当の豊かさを訴えて、経済成長至上主義の社会を批判。日本では大きな話題となりました。

しかし現在、そのことを覚えている人はどれくらいいるでしょうか。その時にされた問題提起は世界中にスルーされたまま。

コロナ禍で、不可能と言われていた様々な規制が行われ、世界の経済成長の速度は大幅に落ちました。

経済活動に大きな影響を与え、職を失う人も多数に上りましたが、一方で地域によってはスモッグで覆われた空がきれいになるなど自然環境へはプラスの影響を与えています。

「西側先進国のような生活を発展途上国も行ったとしたら、地球はその負荷に耐えられるのか。」

所得の格差問題を語る人は、目の前の格差だけを語りますが、限りのある地球の資源を考えた時に、経済成長ありきでは格差は永久になくならないことははっきりしています。経済格差だけに留まらず生存格差が発生していますが、それがさらに国や地域をまたいで蔓延することになるのは目に見えています。

ウイズコロナと言いながら、以前のような経済成長を求める政策が支持され続けるなら、争いの種を蒔きながら、いずれ地球は人の住めない星になるのでしょう。

関税のない自由貿易は富の偏在を産みます。

過去に日本が驚異的と言われる速さで経済復興を成し遂げたのは、東西冷戦や朝鮮戦争といった世界情勢の中、関税をうまく使い国内産業の保護育成が出来たからでもあります。

世界の国の間の格差をなくすのであれば先進国優位の自由貿易ではなく関税をうまく使うことが出来る仕組みを作ること。

地産地消の経済が広がれば、輸送にかかるエネルギー消費は抑えられます。

世界が相互に関税をかけることを行えば、海外生産のメリットが無くなり自国生産を行うことで物価は上がりますが、雇用も増えるでしょう。

今必要なのは、これまでの経済成長至上主義を止めること。

コロナ禍は、そういう選択肢を考える機会を与えてくれたと考えることもできます。

2012年から何も変わらなかった世界をコロナが変えた。

世界はこれまでの方法でしかやってこなかったから変えることが出来なかったけれど、コロナは無理やり不可能と言われることを可能にしてしまった。

今の世界が、これまでの方法の延長でしか考えないのであれば、気候変動を変えることは出来ないだろうと思いますが、今聴こえてくる世界中の政策は、コロナ以前に戻すこと。同じ方法で経済成長を目指すことしかないようです。

世界のリーダーと呼ばれる国や人たちは既得権益を手放すことはないし、多くの人々も今日の続きの明日を望んでいるからでしょう。

そうして金銭的な豊かさ、便利さと引き換えに暮らすことが困難な環境を作り出すのです。

2021年10月3日日曜日

【カブールの本屋 アフガニスタンのある家族の物語】アネス・セイエルスタッド著 江川紹子訳 イーストプレス 2005年7月15日初版第1刷発行

アメリカ軍のテロ組織掃討作戦でタリバン政権が倒れた後のアフガニスタンで本屋(著作権も何も規制がないので海賊版の出版業を含む)を営む男と、その家族の生活を描いたノンフィクション。

タリバン政権下で禁止されていた音楽や動物や人の写真の印刷された書籍、女性の労働などが解禁されても延々と続いてきた社会の習俗は残り、それがまた今タリバン政権が復活する要因となっている。そんな風に感じました。

著者は非イスラム教徒の白人女性であるため、女性としての立場とは別に、男性の中に入っていっても排除されることはなかったと言います。

そうした状況でその家族の話を聞き、取材したもので、その家族の長であり本屋の主人は敬虔なイスラム教徒であるわけではありませんが、イスラム教の家族の在り方にこだわります。女性たちも、そうあるべきと考えながら、しかし理不尽さも感じています。

男性の立場からすれば家族を守っている。女性の立場から見たらモノや召使のように扱われている。

宗教の如何にかかわらず、父権の強かった時代、どこでも同じような事があったのでしょう。男女、それぞれの役割が分かれている社会では、そうなるのかもしれません、

また、強すぎる一族主義は対立を生み武力を容認する社会は変わらないんだろうな。

女性を大切にしない社会は女性が埋めれることを良しとしない世界。でも、イスラム社会だって女性がいなければ存在できないのです。

それぞれがそれぞれを尊重できる社会が生まれなければ、争いも終わらないと思うのですが。

2021年9月21日火曜日

リサイクル?

 「リサイクル率を上げましょう」「この商品はリサイクル原料を使っています」

一見、正論で環境保護に熱心なように思えますが、本当にそうでしょうか。


かつて、ペットボトルが現れた時に環境保護団体が資源の無駄遣いだと反対していましたが、人は利便性を優先してペットボトルが当たり前の社会になってしまいました。

そのペットボトルをリサイクルすると言っても、それを回収し、再処理する作業は環境にやさしいのかと言えば、そんなことはないでしょう。

ペットボトルが普及する前はリターナブル瓶。その昔は通い徳利のようなものを使っていました。大量消費の時代に通い徳利じゃ商売にならないし、リターナブル瓶は重いから配達コストもかかるし、回収して洗浄消毒して使うのも手間。それでよいのでしょうか。


ファストファッションも、毎シーズン新しい洋服に買い替えさせることで利益を上げています。リサイクルしますと言っても、そもそも毎シーズン買い替えなくてよい洋服を作れば随分環境負荷が減りますね。


無駄遣いすることを経済を回すと言って、環境負荷をかけることを効率化や利便性と言ってごまかしてはいないでしょうか。

2021年9月3日金曜日

【有機農業で変わる食と暮らし ヨーロッパの現場から】香坂玲・石井圭一 共著 岩波ブックレットNo.1044 2021年4月6日第1刷発行

 著者が農水省の研究委託事業として2018年からドイツ、オーストリア、フランスにおける有機農業の動向を分析したものを日本における有機農業のあり方として問題提起したもの。

フランスは言わずと知れた農業大国だし、ドイツも農業は盛ん。オーストリアの農業はイメージがなかったけれど、有機農業が一般に認知され広がっているとか。

確かに有機農業は農薬を使わないという点で農薬を作ることによる環境負荷、使用することによる環境汚染に対して有効だし、栽培する人、摂取する人の体にも良さそうなイメージがある。

しかし、なぜ農薬や化学肥料を使うのかという事をちゃんと理解して。それを上回るメリットを示さない限りうまくはいかないだろうなと思う。日本の有機農業の比率が高まらないことを見ればわかる話で、それを無視した報告ならば実効性は無いに等しい。

また、将来、食料案が予想されたんぱく質を得るのに昆虫食が…とか、穀類の生産が足りなくなると言われる中で、有機栽培を進めるとすると収穫量が劇的に上がらなければ世界は飢餓に苦しむことになるだろうし。

農薬の使用や化学肥料や人工飼料を使った畜産などで排出される地球温暖化ガスと土壌汚染に対して貧困と飢えの問題で、どうバランスをとるのかって問題で、単純に有機農業を広めようってのはあまりにイノセントな話。実のある研究とは思えないな。

しかし、化学大国で巨人バイエルの本拠地ドイツで化学肥料を使わないことで補助金が出るというのは、政府の政策に理念があるなと感じた。日本ではまずできないだろうな。


2021年6月24日木曜日

晴耕雨読 これからの働き方の話

 世の中、AIが進化して人の仕事がどんどんなくなるという話をする人がいる。

実際、仕事をしていて何かというとエビデンス(根拠・証拠)を求められることが多いから「慣例に従って」という思考停止な仕事をしていたらなおさらだ。エビデンスの集積で判断するのがAIなので、近い将来そういう仕事を人がやることはなくなるのだろうなと思う。

仕事が無くなったらどうするかという心配があるが、日本などは少子高齢化で人口が減っているし、もともと国土だけで養える人口はそれほど多くないから、かえって好都合であるかもしれない。

人の仕事は「慣例に従って」いればいい仕事は速やかにAIを導入して人手が足りない分野にシフトするのだろう。

イギリスのSF小説の大家アーサー・C・クラークの代表作の一つ「幼年期の終わり」は、異星人に管理され、高度な科学技術を与えられた人類は働かなくても生活ができ、創造的な仕事を、行いたい人がやるという世界で、人類が次の進化を迎えるという作品だけれど、実際には生活コストをどう賄うのかが問題。最近議論されているベーシック・インカムというのは、生活するのにコストがかかり、そのコストを取り込んで沢山稼ぎ納税する人がいて、それを再分配するから成り立つ話で、社会全体が働いても働かなくてもいい…つまり再分配するものが存在しない可能性があるのでは成立しない。

つまり、稼ぐ人は沢山稼いで納税し、それを原資に最低限の生活費が支給される…将来の社会はそうでなければ成立しないのではないかと思う。ただ、そこに差別や偏見があってはならないし、稼ぐ気があるのに出自や生活環境が許さないという事が起きてもいけない。

人が生活する上の経済の仕組みとして格差が生じるのはやむを得ない。格差解消のためだけの仕組みを作れば機会損失が生じて再分配できる富が減り、社会全体が貧しくなるのではないだろうか。

理想的な社会主義・共産主義が成立していない理由はその辺にあると思う。

将来的に人のやる仕事が減ることは確実な中で、一握りの稼ぐ人以外はどう生きるか。

機械でもできるが、ある程度高性能でなければできないから、人がやった方が安い…実際そういう仕事が今後ますます増えていくだろう。しかし単純作業はやりがいを見つけにくいし、何しろ賃金も安い。一握りの金儲けができる仕事は既存の組織に入ろうとすれば競争が激しく、自分で起業しようとすれば、能力と幸運が必要だ。

単純作業ではなく、自分の裁量が出来る仕事。その裁量がAIに取って代わられる社会で、いずれ何もないところから創造するという事は難しいもの。その仕組みを握る人以外は意味の感じられる仕事をすることは出来なくなるだろう。

そういう意味で自分の裁量が出来る仕事は、一人の人間として敵うことがない自然を相手にするという事なんだろう。産業としてではなく生活としての農林水産業。

晴れれば畑を耕し、雨が降れば本を読んで学習する。そういう生活が再評価される時が来るのではないだろうか。