2012年4月14日土曜日

原発再稼働基準に思う事

政府が大飯原発の再稼働方針を決めた。決定の基準は、安全性と必要性。
しかし、とっても大切な事を忘れていないだろうか。
それは、一時期盛んに言っていた核燃料のリサイクルが不能になっていて、運転に伴う核燃料廃棄物の処分の見通しが不透明だって事。
そもそも核燃料をリサイクルするするって発想は現実的じゃないってのが現段階。
安定した地層で埋め立て処分するというのが、唯一の最終処分方法だ。
日本には処分可能な安定的な地層なんてないから、どこかの国にそういう処理をお願いする事になるっていう事を忘れてないかい?
受け入れ国だって、受け入れ出来る量に限度はあるだろうし、需要と供給の関係から考えれば、原発を稼働して行く限り処分費の高騰は避けられないよね。
再稼働するなら、原発は、クリーンで安価な発電方法ですって言ってた政府や電力会社、原発製造に関わるメーカー。
それを検証もせずに垂れ流してきたマスコミ各社は、説明責任を果たすべきだ。
政府と言っても、方針を決めてきたのは自民党政権時代なのだから、今は野党とは言っても自民党もキッチリ前面に出てね。

2012年4月10日火曜日

デモが通り過ぎた後に

日曜日、買い物に出かけた。

馬車道の交差点を伊勢佐木町へ渡ろうとすると、後ろからリズミカルな太鼓の音とシュプレヒ・コール

原発再稼働反対のデモらしい。
自分も昔は、動員されてデモに参加していた事があるけど、参加単位は労組だった。
労組の旗の下に組合員が集まり、整然と行進する。
夜の銀座デモなんて、地区労と産別が一体となって、それぞれの旗を立て、ブラバン付きでデモしてた事もある。(今もやってるか・・・)
でも、このデモには産別の旗も単組の旗も無い。
敢えて、そういう旗を出していないだけかもしれないし、実際に何の関係も無い人たちなのかもしれない。
民主党が政権党であるからということが関係あるかもしれない。
なにしろ、あの政党の支持母体には労組もいるわけだし。
ああ、何て不自由な状況だろうと思うと共に、デモという表現方法は、まだ有効なんだろうなって思った。

自分は、あのデモの後ろにつかなくて良かったのか?
通り過ぎた後に、少し考えた。

2012年4月3日火曜日

この不確かな日本の中で

今日、今年大学を卒業したばかりの22歳の面接をした。
ええ、アルバイトですよ。
社員を採用したいのは、やまやまなんだけど、実入りが少なくなる中で、なかなか社員から人材育成って余裕はない。
確かに、自分がやりたい仕事にこだわった結果としてアルバイトの面接に来てくれたんだけど、それで良いのかなって思わなくはない。
自分の時は、とりあえず正社員になっとけって感じで就職する人間が多かったと思う。
その結果を今振り返れば、就職じゃなくて就社だなって。
良く言えば愛社精神が強い、悪く言えば向上心が無いって言われる人が多い。
それが良いのか、悪いのか、一概には言えないと思う。
しかし、若い就業者の絶対数が減少する中で、それでも就職する機会が減少しているって事実はどう考えればいいんだろう。

今の年金システムの欠陥ってのは、凄く早くから指摘されていて、自分だって中学校で人口ピラミッドモデルを習った時に、当時の教師が言っていたような気がする。

消費税の欠陥って、散々議論した結果が反映して、今の仕組みになったわけじゃなく、自民党一党支配の中で、官僚が作った法案がそのまま通ったって印象。
広く浅くまんべんなく取ることで、3%の税率に抑えましたってのが眼目だった気がするけど、ホント、バカじゃね大蔵官僚って思ったのを覚えてる。
高給取りや将来を約束された人間は、本当に生活に困るなんて事は無いだろうから、食料品に課税したって、それを除くための徴税コストの方がもったいないって思っちゃたんだよね。将来、増税は不可避という予測をしていたにも拘らず。

原発だって、そう。
自分が小学校の時分、大反対運動が起きて、そこは誘致断念になったんだけど、別の所に出来てしまったり。

言ってみれば、今良ければいいじゃんって発想でやってたんだろうか。
将来の事は、将来考えればいいって。
それじゃ駄目だったのは、みんな分かってる。
でも、その時に決めた仕組みは動いていて、それによって受けた利益は既得権として社会に定着している。
そんな、場当たり的な対応は、今の不確かな社会を作ってしまった。
もちろん、それは日本だけの事じゃないんだけれど。
ぼくたちはいったい何をすれば、この社会を、将来の人たちに胸を張って引き継げるんだろうか。