2014年12月1日月曜日

ゲージの開いた鳥かご

ぼくらは鳥かごの中で暮らしている。日本という名のゲージの開いた鳥かごだ。
ある程度外敵から守ってくれるけど、その中では自由に飛び回る事は出来ない。
鳥かごの外を想像しなければ、居心地はいいのかもしれない。
かごの外を想像して不満を持つ事もあるかもしれない。
但し、自分が鳥かごの中にいるという事を忘れてはいけない。
自分ひとりだけの鳥かごではないのだ。
今の自分が不自由だと感じ自由を求めるならば、その外へ出るか、自分のいる鳥かごを変えるように働きかけるか、壊すしかない。
ゲージが開いているのだから外に出るのは自由。しかし、変えたり壊すとなれば自分だけの力だけでは出来ない。

中にいて、自分では何もせずにただ自由を求めるのは都合のいい話だし、周りには迷惑でしかない。

2014年7月6日日曜日

憲法解釈変更は合憲か

201471日夕方、安倍内閣は臨時閣議で、集団的自衛権を使えるように憲法解釈を変える閣議決定に踏み切った。
この内閣だけの判断で、戦後日本の歴代内閣が積み上げてきた専守防衛の原則を転換し、海外で武力を使うことを禁じた憲法を、事実上変えるようなことが許されるのか。閣議決定による解釈変更の是非を改めて考えてみた。

この解釈変更は、憲法65条の行政権は内閣に属するという規定で、行政権を執行するために憲法を適正に解釈していくことは当然必要なことという考えに基づいている。
ここで考えてしまうのは、三権分立の問題。
国 会=立法 法律を定める
裁判所=司法 法律に沿ったものかどうか判断する
内 閣=行政 法律を運営する
ざっくりこんな感じかな。
実際に、行政も権限の行使にあたって、憲法を適正に解釈して行く事は必要とされているけど、それは一々裁判をしていたら行政サービスが滞ってしまって国民生活に影響が出るから。
この問題って、
1.そんなに急がないと国民生活に影響が出るものなんだろうかという点。
2.歴代内閣がこれまで違憲と判断されてきた事を解釈の変更で行おうとしている点。
さて、どうでしょう。
それに対して納得が出来る説明はされているでしょうか。
憲法の解釈は司法で判断されるべきものだから、内閣の権限で変えましたと言っても、裁判所が違憲と認めればそれまで。
集団的自衛権行使を認めるならば、憲法の改正を行うのが筋というものじゃないかと考えます。

そもそも安倍内閣は国民に選ばれていると言うけど、その信任を問うた選挙公約である議員定数の見直し・削減は、最高裁が違憲状態とした状態を辛うじてクリアする程度にしか行っていない。それを行う事は、それは民主党が解散総選挙に応じた条件だったはず。いつの話だよって感じです。
そんな信義に悖る上、遵法意識の低い内閣が行った解釈の変更なんて信頼するに値しないと言われても反論できるでしょうか。
交戦権を放棄しているのだから戦争が出来ない。したがって当然憲法違反ではないという理屈はあるが、どこまでが自衛でどこからが交戦かという解釈も、簡単に変更出来てしまうのではないかという危惧を感じてしまうのです。
確かに経済運営には一定の成果を挙げたという評価もありますが、景気なんて状況に左右されるものでもあり、果たしてその経済運営がどれだけの寄与をしたのかは分りません。
ただ、確かにこれまでの内閣と比べ、主張すべき所はしっかり主張し、やるべきと判断した所はやるという点は評価をすべきです。
内閣総理大臣は与党の党首が務めているわけで、現状では国会でも関連法案の提出~可決は速やかに行われるだろうと予想されるだけに、今後に禍根を残さないために、安倍内閣は議員定数問題にけりをつけて、キッチリと信任を取りなおした方が良いのではないかなぁと思います。

憲法違反と疑われる案件を強行してしまうくらいの能力があるなら、議員定数問題なんて簡単にできるんではないかな。

2014年1月2日木曜日

原発問題について度々思う事

NUMO(原子力発電環境整備機構:高レベル放射性廃棄物の最終処分を行う事業体)が新潟の関川村の人に勉強会への資金を提供していたって記事が新潟日報の201411日朝刊の1面に出ていた。
過疎の村を狙い撃ちって、開発コストや事故のリスクを考えれば当然のことだろうが、やはり気持ちの良いものではない。
村議会では明確に村長が反対表明していたのに加え、震災後の原発問題の状況を見て白紙になったという事だけど、多分何事も無ければ資金を投入して賛成派を増やしていただろう事は想像に難くない。
1231日の紙面でも取り上げられていたように、今後特集として取り上げて行くようだ。

放射性廃棄物の処分場については、20131120日に経産省の作業部会で公募ではなく国が主導する。というニュースがあった。
公募では意見の集約に時間がないという事だろうか。
一旦原発を動かした以上、放射性廃棄物の処分問題は解決必須の問題で、むしろ今までそんな事も決めないでやっていたのか?高速増殖炉なんて技術的に確立されていないものに頼るとか夢物語で原発を選択したわけではないだろう。問題の先送り。科学技術の発展に期待とかで、他の代替エネルギーがないわけではなく切羽詰まった状況でもなかったにもかかわらず原子力発電を推進した理由は何だったのか。
国は、そこを明らかにする必要があるだろう。
一体どうするつもりだったのか。
もちろん、明らかにした所で問題が解決するわけではないが。

原子力発電を推進する事もメリットは、アメリカの同盟国として当時最先端の科学技術の取得と、場合によっては原子爆弾への転用と言う事があったのかもしれない。
或いは唯一の被爆国で原子力に慎重な国へ原発を輸出したいアメリカ企業の思惑に乗ったのかもしれないし、政治的な圧力や金銭的なものが当時の政治家、通産官僚へ渡ったのかもしれない。
そうこうするうちに原発は東芝の中核事業となり、他の日本のメーカーも関与している一方、アメリカでパーツの不具合による訴訟を起こされるメーカーもあるなど、とてつもないリスクを背負い込むことになったが、彼らは、それをどう考えているのか。
原子力発電からの撤退=日本の重電メーカーの経営危機という側面。一時、東芝が経営危機に陥った際に行ったのが原発を中核事業に据える事。つまり原発問題は、エネルギー問題の顔をしているが、同時に経済問題でもある。
結局、有効な中核技術を持たない重電メーカーが、アメリカがヤバいと思って手を引きつつある分野で凌ぎを得ている側面もあるんじゃないだろうか。
一企業に社会に対する責任なんて負えないのは東電を見ていれば分る事で、そんな状況に対し、国民の安全に責任を持つべき政府は、そうした経済界の事情のみを見て動いている。
少なくとも、日本政府は「原発は中長期的に廃止する」と明言するべきだ。
しないのであれば、今すぐ福島の原発事故処理問題を解決し、放射性廃棄物の処理についてもいつ、どのようの行うのかを示さなければならない。