2014年1月2日木曜日

原発問題について度々思う事

NUMO(原子力発電環境整備機構:高レベル放射性廃棄物の最終処分を行う事業体)が新潟の関川村の人に勉強会への資金を提供していたって記事が新潟日報の201411日朝刊の1面に出ていた。
過疎の村を狙い撃ちって、開発コストや事故のリスクを考えれば当然のことだろうが、やはり気持ちの良いものではない。
村議会では明確に村長が反対表明していたのに加え、震災後の原発問題の状況を見て白紙になったという事だけど、多分何事も無ければ資金を投入して賛成派を増やしていただろう事は想像に難くない。
1231日の紙面でも取り上げられていたように、今後特集として取り上げて行くようだ。

放射性廃棄物の処分場については、20131120日に経産省の作業部会で公募ではなく国が主導する。というニュースがあった。
公募では意見の集約に時間がないという事だろうか。
一旦原発を動かした以上、放射性廃棄物の処分問題は解決必須の問題で、むしろ今までそんな事も決めないでやっていたのか?高速増殖炉なんて技術的に確立されていないものに頼るとか夢物語で原発を選択したわけではないだろう。問題の先送り。科学技術の発展に期待とかで、他の代替エネルギーがないわけではなく切羽詰まった状況でもなかったにもかかわらず原子力発電を推進した理由は何だったのか。
国は、そこを明らかにする必要があるだろう。
一体どうするつもりだったのか。
もちろん、明らかにした所で問題が解決するわけではないが。

原子力発電を推進する事もメリットは、アメリカの同盟国として当時最先端の科学技術の取得と、場合によっては原子爆弾への転用と言う事があったのかもしれない。
或いは唯一の被爆国で原子力に慎重な国へ原発を輸出したいアメリカ企業の思惑に乗ったのかもしれないし、政治的な圧力や金銭的なものが当時の政治家、通産官僚へ渡ったのかもしれない。
そうこうするうちに原発は東芝の中核事業となり、他の日本のメーカーも関与している一方、アメリカでパーツの不具合による訴訟を起こされるメーカーもあるなど、とてつもないリスクを背負い込むことになったが、彼らは、それをどう考えているのか。
原子力発電からの撤退=日本の重電メーカーの経営危機という側面。一時、東芝が経営危機に陥った際に行ったのが原発を中核事業に据える事。つまり原発問題は、エネルギー問題の顔をしているが、同時に経済問題でもある。
結局、有効な中核技術を持たない重電メーカーが、アメリカがヤバいと思って手を引きつつある分野で凌ぎを得ている側面もあるんじゃないだろうか。
一企業に社会に対する責任なんて負えないのは東電を見ていれば分る事で、そんな状況に対し、国民の安全に責任を持つべき政府は、そうした経済界の事情のみを見て動いている。
少なくとも、日本政府は「原発は中長期的に廃止する」と明言するべきだ。
しないのであれば、今すぐ福島の原発事故処理問題を解決し、放射性廃棄物の処理についてもいつ、どのようの行うのかを示さなければならない。

0 件のコメント:

コメントを投稿