ここ日本では、予測されていた新型コロナウイルスの第3波が到来し、政府は首都圏の4都県に加え7府県へ2回に分けて2度目の緊急事態宣言を出した。
予測されていたにもかかわらず、何をいまさら大騒ぎするのかといえば、第2波が予想されたより小規模であったからかもしれないし、新型感染症の流行は今回が初めてではなく過去の感染症に対しては比較的うまくやってきたという油断があったのかもしれない。
それとともに今回の新型コロナウイルスは世代間により症状に違いがあるとこが喧伝され、自分は重症化リスクが少ないと考える世代の感染防止意識の低さが感染を拡大しているのかもしれない。
おそらく新型感染症の流行はこれが最後ということはなく、今後も繰り返されるであろうことから、しっかりとした仕組みづくりが求められる。
これまでの新型感染症で多くの人が「経済を止めることはできない」としてきたが政府は緊急事態宣言の発出で一部業種に休業や時短の要請を行い、十分とは言えない補償や貸付を行った。その結果倒産件数は減ったといわれるが、この措置が終われば事業が継続できない会社は増えると思う。
過去最大の支出予算を組んだ政府は、その原資を赤字国債に頼っている上に企業業績や個人所得が上向かなければ税収は落ち込み、国債の利払いのための国債発行に追われ、その結果、行政執行や社会保障に伴う支出を圧迫するため、消費増税は避けられないだろう。
私たちは、経済成長を前提として、あるいは自分もしくは目の前の利益のみを追求してきたところは、その結果を維持することができなくなるという実例を地方都市の衰退という形で目の当たりにしている。
人口減少は、国内消費が減少することを意味するので、この国の経済がシュリンクすることは避けられない。輸出により企業業績は持ち直しても、それに関わる者関わらない者の間で格差が生まれ、国全体の消費金額が落ち込むことは確実だ。
将来の経済史に「高度経済成長の中で生まれた総中流社会から格差社会のへの移行を加速する出来事であった」と記録される時代なのだろう。
しかし、それは「公共の利益より個人の利益」という自分たちが選んだ結果である。
新型コロナウイルスへの対応を見ても世界一対応に成功したといわれる台湾は、民主化を壊さずに達成したといわれるが、日本で導入しようとしても反発が多く実現できないであろう感染者の位置情報の把握や日本のマイナンバーカードのような仕組みの健康保険カードを使ったマスク配布を行っている。
個人の自由、プライバシーの保護の基準が違うのである。それは国民の政治参加意識の違いにより政府への信頼の度合いが違うという面もあるかもしれない。
人口減少による経済縮小も、経営者が目の前の業績に固執し、出産や子育てを当然のこととして次世代という将来顧客を生み出せなかった結果と言える。
高度成長期に「世界で一番成功した社会主義国家」と揶揄された国に、個人の自由という主張が強くなった結果であるのだから、自由を尊重しつつそのバランスを見直すことが立ち直るための手段になるかもしれない。
しかし今のこの国にそれが期待できるか。仮に行うことを決められたとして、その時に私たちはどれだけの対価を支払う用意があるのか。
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