2019年1月26日土曜日

少子高齢化について

 日本では少子化による人口減少について、しきりに問題視して政府も対策を行っているつもりになっている。
 しかし尻に火がつくまで放っておいたのだから、何をするにしても無傷というわけにはいかないし、その対策がうまく行くかどうかもわからない。
 少子化はずいぶん以前から言われていた(自分も中学生の頃授業で聴いたことがある)ことだけど、政治家も対策を打たなかったし、誰も本気で考えなかった。
 それは国が貧しかったからだろうし、経済成長至上主義の中で効率よく利益を上げるためには労働力の集約化が絶対条件だったからだろう。
 ところが、豊かになっても問題点の修正はなされず今に至る。
 
 1億総活躍社会、女性の輝く社会が目指す姿なら、それで同時に人口減少を止められるだろうか。
 自然に目を向ければ、ゴリラとサルであれば、サルの方が多産である。群れの大きさはゴリラよりサルが大きい。
 群れの大きさは子育てに関われる大きさである。
 人間も生物であるから基本的に変わることはない。ただ、コミュニケーション能力があり、仕組みや道具を作ることができるから何とかできるのでは?という気持ちを持っているが、それが幻想であることは人口増加率の高い国と低い国を比べてみればわかる事だ。
 先進国ほど移民を除けば人口増加率が低いはずだ。
 日本は人口が増加している頃は多世代で同じ家に住んでいたが、核家族化が進んだ結果、同じ家に住む人数が減っている。
 子育てに関わる人の数が減っているが、その対策として保育園の数を増やす事で解決しようとしている。果たして子育ては保育園でやる事だろうか。
 子供を預けて働く。本来は一人ずつきめ細やかな愛情をもって育てられるはずが、法令で定められた最低人数の保育士に見られるだけ。
 老人介護も同様だ。
 その子供がどのように成長するのか、介護される老人がどんな気持ちなのか。
 また、少子化の中で保育園を作っても将来経営が立ち行かなくなることは明らかだし、老人介護は壊れた家族たちの国の中では需要があり続けるだろうけれど、経済成長至上主義の中では生産性が無く、人手不足が深刻化し続けるだろう。
 人間の心や感性があるとは思えない。そのような政策が正しいだろうか。税金を遣って不幸を再生産しているだけはないだろうか。
 将来的に失業することが分かっている仕事を増やしてどうするつもりなのか。ストレスをためる割に「大変だね」の一言だけで社会的評価も賃金も低い仕事をやる人がいるだろうか。
 法律で定められた枠の中で利益を上げようとするせいで、満足度の低い仕事で擦り切れていく仕事がしたいだろうか。
典型的なその場しのぎで、将来の展望がない政治や行政は改められるべきだ。

 少子化対策なら、世帯人数で住民税や固定生産税を変える。大都市圏では消費税率を上げ、地方交付金として再分配するほうが根本対策になるのではないだろうか。
 高度成長期に地方から人を吸い上げた結果の経済成長であったが、それがための少子高齢化であることを認識しなければならない。
 かつては地方から仕事を求めて都市に出て来るのが当たり前、出稼ぎに出るのは当たり前であったが、今はより豊かな住環境を求めて地方に移住する流れを作るべきなのだ

0 件のコメント:

コメントを投稿