2012年9月30日日曜日

世界の紛争に関する簡単な考察

社会は、もともと多様なもの。
それは、気候、環境、人種がさまざまにある事からの必然。
しかし、どの社会でも経済が発達してくると、通貨の誕生、貧富の差が発生して、生活レベルがあがっていく。
貧富の差が広がると、裕福な人は、他の人を差別するために華美な贅沢品を求めるようになる。
贅沢品って高付加価値=原価と売価の差が大きいので、社会全体の財が増加するから、結果として社会全体の底上げがされる。
貧しい人は、やはり贅沢がしたいから利益を上げる事に必死になる。
利益を上げるには、手っとり早く、たくさん作る必要があるから効率が優先され、画一的になり、多様性が失われるる。
しかし、社会の本質は多様性だから、豊かな社会は多様化していく。
世界中の紛争は、失われる多様化と、新たに生まれる多様化、そしてその狭間にある画一化に対するストレスと言えるんじゃないだろうか。

2012年9月8日土曜日

年金や生活保護を考える

税と社会保障の一体改革で、消費税増税がされるとともに、年金の納付額や貰える額が変わると言う。
生活保護は相変わらずで、地域によって最低賃金より高水準な所もあるが、それでも不十分だとか、不正受給をしている人がいるとかって問題が指摘されている。

両者の問題の根本は一緒で、所得不安がある人をどう支えるのか。
日本国憲法第25条で「全ての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めており、それに基づく措置。
それには、お金が必要だからお金を支給しますよって考え方が政策の基本に流れている。
まあ、それはそうなんだけど、突き詰めれば、教育も高校までは無償化になったわけだから、衣食住を保証すれば生きて行く事は出来る。
健康で文化的な生活というのがどのレベルなのか。まあ、人それぞれだと思うが、社会人であれば、衣食住が足り、労働基準法内で労働出来ているのが最低レベルという事が出来るのではないだろうか。
リタイアした人々には日々の衣食住が足りれば最低限度はクリアできる。
文化的側面で言えば、無料で利用できるサービスや施設は、今レベルで準備されているのが前提。
行政改革とか言って、公共施設の民営・有料化を進めるなら、この限りではないけど。
であれば年金や生活保護をやめて、現物支給にしたって構わないのではないかと思う。
本当に困った人しか利用しないと思うが、それが本来の法の精神だと思う。
住居は自治体が建設または借り上げたもの。
買い物は、クーポンを支給。
もっと豊かな生活をする権利があるはずだという意見は、認めます。しかし、その権利を行使するには、当然義務も発生する訳で。
普通に生活している人だって、嫌な思いをしながら生活費を稼いでいるケースも多々ある。
働きたくても、働けないんだっていう主張もあると思うけど、だから最低賃金で働いている人より優遇されていい理由には、間違ってもならない。
それの状態で良いって言っているわけではない。
国としてやるのはそこまで。
後は民間の社会福祉団体やボランティアに任せたらどうかという事。
国のやる所得の再分配には限度があるし、ロスも多い。なにしろみなきゃいけない母数が絶対的に多いのだから。
それであれば、税制を改正するなどしてボランティアや社会福祉団体の活動が出来やすくするようにする方が良くないか?
そもそも消費税を引き上げたら、貧しい人がもっと貧しくなるのは当たり前だろうに。

2012年9月2日日曜日

不況?それとも


何で不況・不況といいながらなんで有効な対策がとられないのか。有効な対策なんてないのか。そもそも、不況なんだろうか。

不況だの格差拡大だの、いろんな事が言われているけど、なんでその状態が放置されているんだろう。
放置されてないって?
いや、しかし何の改善もされないと言うのは、放置しているのと大差ないんじゃないだろうか。
もちろん、政府はいろんな対策を打っている(ように見える)。
その対策が有効にならないのは、経済のグローバル化というのが大きな要因だろう。
一国の政府の政策は他国には及ばないし、多様な貿易は社会情勢や気候という不安定要素を含んで存在している。
そういう国外のアンコトローラブルな要因に、国内の少子高齢化による将来の生産性への不安と社会保障費増大の問題。
問題は山積みっていうけど、本当にそれだけなんだろうか。

通貨と経済統合を行った結果、本来、国が打てるはずの経済対策のツールの多くが無効化されてしまったユーロの苦闘を見ていると、他の世界も通貨統合していないだけでにたような状況に陥っているんだという事が感じられる。
国というのは、同じ文化を共有し、生活する人たちの単位で、国によって様々な価値観やスタイルが存在する。
国には、そこに暮らす人たちの生活を守る事が求められるが、一方グローバル化した経済はその仕組みをできるだけなくして自由に振る舞える事を求めている。
ん?本当に自由に振る舞う事を求めているんだろうか。

アメリカのノーベル賞受賞経済学者で、どちらかと言えば米政府とはあんまりしっくりいっていないポール・クルーグマンは、経済に与えるインパクトとしてニューディール政策規模の財政出動を行えば、今の不況は払拭できるはずという論を展開している。
また、不況により失われる将来の成長可能性についても心を痛めると共に、危惧している。
失業による低所得で、受けられるべき教育が受けられない。
国家財政の健全化というが、アメリカでは国家財政が赤字でも経済に与える影響はないという数字を挙げて、十分な財政出動を行うべきだ、と。
そりゃそうだ。財政が赤字で国がヤバいなんて事になったら、経済の根本から見直さなきゃならない。
だから財政健全化するんだと言っても、成長エンジンがないだよね、今のアメリカには。
個人的には、個人の幸福には経済成長が必須なのか?という疑問があるけど、多くの人が前提として語っているそれを受け入れて考えるに、アメリカがつぶれるなんて思っている人はいない。従って、財政赤字なんてぜんぜん問題ないだろって思う。
それは、日本でも同じ。
安定した経済基盤を持っている国であれば、赤字財政で国の信任を失うと言うことは考えにくいからね。
かい摘んでいうと、借金をしても返済が滞らないうちは財を生産しているわけだし、むしろ経済対策を怠ることによって失業率の上昇、生活レベルの低下、教育機会の消失によって将来の経済成長の芽を摘み、経済基盤を失わせるきっかけを作る方が愚かな政策だろうというのがクルーグマンの主張。

この場合、経済成長=税収増が前提として語られるわけだけど、法人、個人共に所得税減税という圧力はかかるし、貿易自由化の協定が進めば関税収入もなくなる。
そういう世界では、財政赤字の解消は期待できない可能性が高いし、財政赤字が膨らめば、金利の支払いに圧迫されて、実効性の高い財政予算が組めなくなる。
まして、デフレ状態では所得の伸びも少なく、下手すればマイナスで、どんどん金利の負担が重くなる。
経済成長=税収増という考え方は、経済成長=緩やかなインフレという考え方とセットだったりもする。
そこで、インフレターゲットという話がでてくるわけだが。

ITや金融は、雇用をもたらさない。
労働はグローバルという言葉の下に下位統合されてゆくから、均一な世界が実現されない限りにおいて賃金が上がることは期待できない。
一方、そうして賃金が抑えられた社会で挙げられて生み出された富は、富裕層に蓄積されていくか、投機家の間を回るし、投資家を保護しなきゃ産業の育成が出来ないと言って、行政に投資課税をしないよう圧力をかける。
自由貿易を拡大する結果として、関税収入も落ち込むため、税収は消費税で補おうとするのが今の流れだが、所得から税金を取らず、支出から取れば、貧しい人はより貧しくなる。

財政は、所得の再分配機能を持つが、そもそも社会保障政策を必要としている側から税収を補おうという発想は、貧富の差の拡大を助長する・・・と。
所得補償すればいいという議論があるが、そんなマッチポンプな考えはやめた方がよい。所得補償を行うためのコストは、誰が負担するというのか。
そもそも、それは根本的な対策になり得ないのは明らかだろう。

その世界で、自分たちになにが出来るのか。
理論だけで言えば、こうすればいいってのはいくらでも言えるが、今の社会の仕組みがそれを許さないと言うのはわかる。
とりあえず、今の問題を引き起こしているのは、社会全体のモラルの低下と人を思いやる気持ちの欠落であるということを地道に指摘していくしかないんだろうなと思う。