2016年5月18日水曜日

社畜になりそうなあなたへ



 社畜という言葉があり、そう呼ばれる人たちがいます。
会社のために自分の心身や生活を犠牲にして働く人たちですが、誰もそうなろうと思ってなっているわけではないと思います。
 会社で働くのは何のためか。理想を持って働き始めた人もいるでしょうし、そうでなくとも誰だって最初は漠然とでも思っていることはあるはずです。例えば、働かなくては生活が出来ないから。
 会社のために身を粉にして働くと言いますが、そもそもそれは何のためか。
私のかつての同僚に社長になるためと言った人間もいましたが、社長とまで行かなくとも「より多く賃金を得るため、より高い地位を得るため」という理由は、そのプロセスを考えれば会社も期待している事だと思います。人によっては「他人の役に立ちたい」、「社会に貢献したい」と考える人もいるかもしれません。単に「目立ちたい」とか、「好きなことをやっていたい」と考える人もいるでしょう。
 しかし、どの理由にしても理由を考えて続けなければ長く働いているうちにその会社で働くこと自体が目的となっていくものです。会社を辞めるのは不安ですし、環境が変わりますからそれに適応するにはエネルギーが必要です。同じ会社に居続ければこれまで積み上げてきたものを改めて周りに示す必要も少なく楽に、見方によっては効率的に仕事が出来ますが、目的は曖昧になりがちです。
 もう一度理由を思い出してください。あるいは考えてください。あなたがそこにいるという事は、会社の求める事とは、本来あなたが働く理由と相反するものではないはずです。
 自分は会社のためにすべてを捧げている。自分がこの仕事をしなければ会社が回らない。お客様に迷惑がかかる。本当にそうなのか。社畜と言われるくらいに諾々と上司の言う通り休みも取らず長時間働くことが会社のためになるのでしょうか。
 会社は社会の一部として様々なルール・法規に従わなければなりません。すなわちルールを守ることが出来ない働き方は会社にとってのリスクに他ならないのです。
そうは言っても職場の上司がそういう働き方を求めてくる事も少なくありません。仕事の種類によっては単純に人がいなければ成り立たないものもあります。しかし、方法を変えることにより効率的にする事が出来るものもあります。
 前者についてはその責任者が人の手配をする義務があります。出来ないのであれば残念ながらその仕事は出来ません。そもそも必要のない仕事(少し前の“すき家”のアルバイト不足問題など)であるか、必要なのであれば社会全体が良い方法を考えるべき(保育士不足問題)だからです。
 後者の場合、単純に仕事を行う事とは別に、その方法を考えることが求められているのです。考えることが仕事をすることの理由につながるはずです。同時にそれにより会社がルールを犯すリスクをなくす事にもなります。
 つまり社畜と言うのは会社のために働く人ではなく、思考を停止して言われるがままに自分を犠牲にして働く人の事を指し、その働き方は往々にして問題を覆い隠して、自分が大切だと思っている会社やお客さまに迷惑をかける行為に繋がるのです。

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