2011年10月1日土曜日

諦観なんだろうか

2011年3月11日金曜日、大震災の日。
自分も都下の勤務先で経験したけど、あの長くて気持ちの悪い揺れは、嫌な感じがしたものだ。
とりあえず、全員駐車場へ避難。ラジオから入ってくるニュースは最悪だった。津波の高さは間違いだと思った。
30メートル?3メートルの間違いだろ。などと思っている中、多くの人命が失われた。
結局、首都圏では当日はJR線は動かず、私鉄も夜遅くなってからの運転再開。長い距離を歩いて帰った人もいる。
多くの惨劇を生んだその震災から半年以上過ぎてなお、震災とその津波で引き起こされた原発事故の収束は見えない。
その中で、今後10年以内に震度7以上の地震が関東に起こる可能性が70%という予測が発表されている。

先日、思いがけなく入院する羽目になり、みなとみらいの病院の10階の海が見える病室で10日ほどを過ごした。
その入院先の病院で、小さな地震に遭った日、看護師さんと震災の話をした。
看護師さんは、震災当日は家に帰れなくて病院に泊まったと言いながら、10年以内に首都圏直下型の地震の起こる確率は70%っていうけど、次の地震が来てもここで働いていると思うと言っていた。
あの津波が来れば、この病院も一飲みだろう。過去に例がないと言っても、埋め立て地だ。
実際、目の前のパシフィコ横浜が、帰宅困難者のために一旦解放されながら、警戒水域となったため、退去指示が出たという事実がある。
津波がなくても浦安のような液状か現象による地盤沈下や、もっと酷い状況にならないとは言えない。
自分もそうだが、あれだけの大惨事を見せられてなお、大多数がその可能性の高い場所に居続けるというのは、正しいことなのだろうか。
他に行っても生活が出来ないとか、そういう不安もあるんだろう。
それとも移民という文化を持たない国の特質なんだろうか。

国としては、そのような事態になった場合の危機管理をしっかりしておくべきだ。
国民の生命を守るという観点から防災拠点を整備すべきだし、首都機能の分散を含めた行政機能の危機管理など、ある程度の予防避難対策を行う義務があると思う。
しかし今現在、与党、野党共に全くその動きが見えないのは理解に苦しむ。

現在、この国はデフレや円高に苦しんでいるが、対策費と称して訳の分からない補助金をばらまくくらいなら、将来の防災対策をきっちりと行うべきだ。
行政機能の分散は、移転先の地域活性効果が見込めるし、万一の時に、結果として多くの人命を救うことが出来るからだ。
もちろん、政府や政治家が「大丈夫。首都圏直下型の地震なんて来ないよ。来たって、自分が責任をとれる範囲。」って十分な根拠を持って言うならいいけど、そうでなければ、彼らは将来の殺人者であることを自覚すべきだ。
現状を、そのまま転がして行くことなら、誰だって出来るし。
将来に備えて準備していくのが、政治家に求められる最低限の資質だと思うんだけど、国民は、そのレベルを超える政治家を持てないって言われているし、自分たちがちゃんとしなきゃダメなんだろうなと思いながら、この文章を書いている。

0 件のコメント:

コメントを投稿