2012年11月19日月曜日

デフレ?

日本人のぼくらの多くは、今の経済状況をデフレと呼んでいる。それは、過去にあった物価下落時の現象の呼び名だ。
じゃあ、今の局面が過去の局面と同じかと言えば、全然違うという事は誰も反対しないだろう。
でも、物価が下落しているという一点で、人々の多くはデフレという言葉を使って、過去の処方箋を使おうとしている。
名前を付けるという行為は、その現象を一般化するという意味を持っている。
それは、共通の言語で起こったことを理解し、捉えるという事に他ならない。
逆に言えば、一般化された言葉の意味が間違っていれば過去の経験は無駄になるし、ひょっとしたら害になる可能性だってあるという事。

経済学は、後付けの学問である。それを証明するのに苦労は要らない。
経済学者の理論が正しければ現在の社会において、富豪のうちの一定割合は経済学者が占めてしかるべきだが、そんな話は聞かない。
自分が経済学を学んでいた大学生の頃も自嘲気味に経済学者で大金持ちになったのはケインズ卿くらいのものって言っていたくらいだ。
そのレベルの学問を振りかざして、ああだこうだってやっているのは、滑稽でしかない。
今をデフレと定義する連中は、そういう手合いなんだという事は知った上で、今起きている現象を観ながらどうするかって事を考える。
既存の経済学ってツールしか持たないで、それを飯の種にしている人間の言う事なんて、参考意見で聞き流しておけばいいんじゃないか。
今の日本の現象は、市場の自由化に伴う調整局面。
物価の下落は当然のことで、問題は価値の共有化(価格減少圧力が高いものと低いものの調整)である。
経済成長を目指すなら、より付加価値の高いものを創造するべきで、そこには本来、高齢化の問題なんてない(若けりゃ高付加価値のものが作れるわけじゃない)はずだ。
政治家も、マスコミも名目数値を追うんじゃなく、経済の実態を伝え、表現する方法を考えるべきなんじゃないかな?

2012年10月4日木曜日

TPPとデフレ脱却、そして脱原発

TPPどうするのって議論は地味に続いているが、輸出産業を中心に参加の方向へ押しきろうという雰囲気。
一方で、デフレ脱却は政府の重要課題だとか。
この二つって、両立するんだろうか。
簡単な思考実験をしてみる。

【輸入企業】
輸入原価100円の商品に20%の関税がかかっているとする。
販売会社は、原価率50%で販売したいと考えている場合、仕入価格120円に対して販売価格240円。粗利は120円だ。
一方、関税が0となった場合、仕入価格100円に対して販売価格200円。粗利は100円。しかもこの場合、政府の税収20円が0になる。
関税が0になる事によって、失われる収入は40円。
いや、安くなれば消費者にやさしいじゃないとか、たくさん売れるんじゃ?って意見はあると思うけど、あなたは安いからって余計に買いますか?
しかも輸入企業の利益が減少した分、どこにしわ寄せがいくかと言えば、仕入先や従業員に決まっている。
購入価格は安くても、収入も少ないって、まさしくデフレ的状況じゃないだろうか。

【輸出企業】
輸出原価100円の商品に20%の関税がかかっているとする。
販売会社は、原価率50%で販売したいと考えている場合、仕入価格120円に対して販売価格240円。粗利は120円だけど、輸出会社に入るのは100円。
一方、関税が0となった場合、仕入価格100円に対して販売価格200円。同じく輸入会社に入るのは100円。
この場合、輸出相手国が全ての国に同一の関税をかけていれば輸出会社も何も言わないんだろうけど、国によって関税率が違うから、他国より劣った条件では勝負にならないって言うのは、分る。

さて、このような状況でどうするべきなのか。
関税権を行使しない、また選択的に行使するってのは、純粋に政治的手段。
経済的に関税をかけないのが自由主義っていう意見は、ちょっと幼すぎる。
経済状況が違う所で統一ルールを導入するというのは、格差の拡大を助長するだろうし、その格差を固定化する事になる。経済的帝国主義じゃないだろうか。
しかし、輸出企業は利益を確保するために、それを求めている。
TPPに参加すればデフレから脱却するどころか、更に進行するのは間違いないだろうね。

これと似た構造なのが原発問題だと思う。
原発なんて無い方が良いのは、当たり前。
なぜなら、原発から出る放射性廃棄物の処理方法は無いし、その放射性廃棄物は人間の生命を簡単に奪うもの。
発電すればするほど、それが増えて行くわけで。
それが分っていて止められないのは、それを製造販売している企業の利益。その企業から献金を受けている国の圧力だろうけど。
経済3団体が言っている発電コスト云々は、3.11を経験した今言うかって話。
原発の原価っていってるのは、最終コストまで含まない。企業が営業総利益の段階で配当をしているようなレベルだって分ったでしょう?
電気料金が安いって、現在もリスクをしょった上に、生命の安全というツケを将来に回しているだけじゃない。
原発産業は、1国の問題ではないから、脱原発は簡単な問題ではない。

TPPにしても、原発問題にしても企業の利益が優先されるのは避けられない所なんだと思う、今までは。
そこでどうするのかっていうのが、今のぼくらの課題だね。

2012年9月30日日曜日

世界の紛争に関する簡単な考察

社会は、もともと多様なもの。
それは、気候、環境、人種がさまざまにある事からの必然。
しかし、どの社会でも経済が発達してくると、通貨の誕生、貧富の差が発生して、生活レベルがあがっていく。
貧富の差が広がると、裕福な人は、他の人を差別するために華美な贅沢品を求めるようになる。
贅沢品って高付加価値=原価と売価の差が大きいので、社会全体の財が増加するから、結果として社会全体の底上げがされる。
貧しい人は、やはり贅沢がしたいから利益を上げる事に必死になる。
利益を上げるには、手っとり早く、たくさん作る必要があるから効率が優先され、画一的になり、多様性が失われるる。
しかし、社会の本質は多様性だから、豊かな社会は多様化していく。
世界中の紛争は、失われる多様化と、新たに生まれる多様化、そしてその狭間にある画一化に対するストレスと言えるんじゃないだろうか。

2012年9月8日土曜日

年金や生活保護を考える

税と社会保障の一体改革で、消費税増税がされるとともに、年金の納付額や貰える額が変わると言う。
生活保護は相変わらずで、地域によって最低賃金より高水準な所もあるが、それでも不十分だとか、不正受給をしている人がいるとかって問題が指摘されている。

両者の問題の根本は一緒で、所得不安がある人をどう支えるのか。
日本国憲法第25条で「全ての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めており、それに基づく措置。
それには、お金が必要だからお金を支給しますよって考え方が政策の基本に流れている。
まあ、それはそうなんだけど、突き詰めれば、教育も高校までは無償化になったわけだから、衣食住を保証すれば生きて行く事は出来る。
健康で文化的な生活というのがどのレベルなのか。まあ、人それぞれだと思うが、社会人であれば、衣食住が足り、労働基準法内で労働出来ているのが最低レベルという事が出来るのではないだろうか。
リタイアした人々には日々の衣食住が足りれば最低限度はクリアできる。
文化的側面で言えば、無料で利用できるサービスや施設は、今レベルで準備されているのが前提。
行政改革とか言って、公共施設の民営・有料化を進めるなら、この限りではないけど。
であれば年金や生活保護をやめて、現物支給にしたって構わないのではないかと思う。
本当に困った人しか利用しないと思うが、それが本来の法の精神だと思う。
住居は自治体が建設または借り上げたもの。
買い物は、クーポンを支給。
もっと豊かな生活をする権利があるはずだという意見は、認めます。しかし、その権利を行使するには、当然義務も発生する訳で。
普通に生活している人だって、嫌な思いをしながら生活費を稼いでいるケースも多々ある。
働きたくても、働けないんだっていう主張もあると思うけど、だから最低賃金で働いている人より優遇されていい理由には、間違ってもならない。
それの状態で良いって言っているわけではない。
国としてやるのはそこまで。
後は民間の社会福祉団体やボランティアに任せたらどうかという事。
国のやる所得の再分配には限度があるし、ロスも多い。なにしろみなきゃいけない母数が絶対的に多いのだから。
それであれば、税制を改正するなどしてボランティアや社会福祉団体の活動が出来やすくするようにする方が良くないか?
そもそも消費税を引き上げたら、貧しい人がもっと貧しくなるのは当たり前だろうに。

2012年9月2日日曜日

不況?それとも


何で不況・不況といいながらなんで有効な対策がとられないのか。有効な対策なんてないのか。そもそも、不況なんだろうか。

不況だの格差拡大だの、いろんな事が言われているけど、なんでその状態が放置されているんだろう。
放置されてないって?
いや、しかし何の改善もされないと言うのは、放置しているのと大差ないんじゃないだろうか。
もちろん、政府はいろんな対策を打っている(ように見える)。
その対策が有効にならないのは、経済のグローバル化というのが大きな要因だろう。
一国の政府の政策は他国には及ばないし、多様な貿易は社会情勢や気候という不安定要素を含んで存在している。
そういう国外のアンコトローラブルな要因に、国内の少子高齢化による将来の生産性への不安と社会保障費増大の問題。
問題は山積みっていうけど、本当にそれだけなんだろうか。

通貨と経済統合を行った結果、本来、国が打てるはずの経済対策のツールの多くが無効化されてしまったユーロの苦闘を見ていると、他の世界も通貨統合していないだけでにたような状況に陥っているんだという事が感じられる。
国というのは、同じ文化を共有し、生活する人たちの単位で、国によって様々な価値観やスタイルが存在する。
国には、そこに暮らす人たちの生活を守る事が求められるが、一方グローバル化した経済はその仕組みをできるだけなくして自由に振る舞える事を求めている。
ん?本当に自由に振る舞う事を求めているんだろうか。

アメリカのノーベル賞受賞経済学者で、どちらかと言えば米政府とはあんまりしっくりいっていないポール・クルーグマンは、経済に与えるインパクトとしてニューディール政策規模の財政出動を行えば、今の不況は払拭できるはずという論を展開している。
また、不況により失われる将来の成長可能性についても心を痛めると共に、危惧している。
失業による低所得で、受けられるべき教育が受けられない。
国家財政の健全化というが、アメリカでは国家財政が赤字でも経済に与える影響はないという数字を挙げて、十分な財政出動を行うべきだ、と。
そりゃそうだ。財政が赤字で国がヤバいなんて事になったら、経済の根本から見直さなきゃならない。
だから財政健全化するんだと言っても、成長エンジンがないだよね、今のアメリカには。
個人的には、個人の幸福には経済成長が必須なのか?という疑問があるけど、多くの人が前提として語っているそれを受け入れて考えるに、アメリカがつぶれるなんて思っている人はいない。従って、財政赤字なんてぜんぜん問題ないだろって思う。
それは、日本でも同じ。
安定した経済基盤を持っている国であれば、赤字財政で国の信任を失うと言うことは考えにくいからね。
かい摘んでいうと、借金をしても返済が滞らないうちは財を生産しているわけだし、むしろ経済対策を怠ることによって失業率の上昇、生活レベルの低下、教育機会の消失によって将来の経済成長の芽を摘み、経済基盤を失わせるきっかけを作る方が愚かな政策だろうというのがクルーグマンの主張。

この場合、経済成長=税収増が前提として語られるわけだけど、法人、個人共に所得税減税という圧力はかかるし、貿易自由化の協定が進めば関税収入もなくなる。
そういう世界では、財政赤字の解消は期待できない可能性が高いし、財政赤字が膨らめば、金利の支払いに圧迫されて、実効性の高い財政予算が組めなくなる。
まして、デフレ状態では所得の伸びも少なく、下手すればマイナスで、どんどん金利の負担が重くなる。
経済成長=税収増という考え方は、経済成長=緩やかなインフレという考え方とセットだったりもする。
そこで、インフレターゲットという話がでてくるわけだが。

ITや金融は、雇用をもたらさない。
労働はグローバルという言葉の下に下位統合されてゆくから、均一な世界が実現されない限りにおいて賃金が上がることは期待できない。
一方、そうして賃金が抑えられた社会で挙げられて生み出された富は、富裕層に蓄積されていくか、投機家の間を回るし、投資家を保護しなきゃ産業の育成が出来ないと言って、行政に投資課税をしないよう圧力をかける。
自由貿易を拡大する結果として、関税収入も落ち込むため、税収は消費税で補おうとするのが今の流れだが、所得から税金を取らず、支出から取れば、貧しい人はより貧しくなる。

財政は、所得の再分配機能を持つが、そもそも社会保障政策を必要としている側から税収を補おうという発想は、貧富の差の拡大を助長する・・・と。
所得補償すればいいという議論があるが、そんなマッチポンプな考えはやめた方がよい。所得補償を行うためのコストは、誰が負担するというのか。
そもそも、それは根本的な対策になり得ないのは明らかだろう。

その世界で、自分たちになにが出来るのか。
理論だけで言えば、こうすればいいってのはいくらでも言えるが、今の社会の仕組みがそれを許さないと言うのはわかる。
とりあえず、今の問題を引き起こしているのは、社会全体のモラルの低下と人を思いやる気持ちの欠落であるということを地道に指摘していくしかないんだろうなと思う。

2012年7月15日日曜日

豊かで貧しいぼくらの世界

引越を機会に昔の荷物を整理してて出てきたZARDのVHSビデオ。DVDというメディアが出来る前、CDの購入特典で付いてきたヤツだ。
このバンドは、ほとんどライブ活動をしない、テレビにもあまり出ない事で有名だった。なんでそんな事をしていたのかは分からない。多分、ボーカルの坂井和泉さんの体力的な問題なのかなって思っていた。

CDの売り上げ低迷どころか、もう壊滅状態。
DVD販売や音楽配信でカバーって、全然できていない。
聞きたい曲が少ないって言う話をする人もいるし、1曲聴きたいだけなのにアルバム買うなんてありえないって人もいる。
まあ、それはそれでありだけど、それって、一発必中しか許さないってことだよね。いやぁ、大変だわ。やりたい音楽や、冒険も出来ないし。
最近、魅力的な曲が無いってのは、そんな所に原因があるんだろうね。
売れている曲しか聞かないで、魅力的な曲が無いってのは、当たり前の話だよね。
さらに、違法アップロードの問題。
そんな環境でZARDみたいな活動の仕方をしていたら、バンド自体成り立たない。

何でそんな事になったんだろう。
この例でいえば、ネット配信により1曲単位の販売が可能となった事。
それに付随する事として、パッケージの流通が無くなった事により、CDの製造・流通・販売の仕事が無くなり、それに代わる仕事が生まれていない事。
ITは、仕事を効率化するけど、その効率化された部分を他に活用しないと、単なるコスト削減=働く人の所得低下に終わってしまう。
さらに、新しい産業が生まれなければ、結果として失業を生みだす。
所得が下がっているから、アルバムを聴くなんて余裕はないって所に戻るのかな。
ITの普及で、ぼくらの生活は便利で豊かになったけど、どんどん貧しさを作っている。
そんな事を思った。

2012年6月28日木曜日

消費税論議とかに欠けているいくつかの視点

昨日、消費税増税法案が衆議院を通過したそうだが、この国民の無関心さは何なんだろうと感じる。
まあ、明日上がるわけじゃないしって思っているのなら、お前ら馬鹿かって話だし、増税止むなしって話なら、物わかりが良すぎる国民だねって。

そもそも、この国の人々はマスコミをバカにしながら頼り切っている所があって、個人的に経験した範囲(自分の会社が当事者で、ある程度真偽が分る所にいた)でも、だって、テレビで(新聞で)そう言ってたもんって平気で言われたりする。
そのマスコミが野次馬の域から脱しないで、他人事のように、また如何にも心配しているようなふりをして数字の一部だけを切り出して伝えたりするのが日常って状況は、そういう国民性から言って最悪だ。

日本政府の借金が大変な事になっているからとか、年金が払えないとか、社会保障が大変だとか大騒ぎしているけど、根拠となる数字が恣意的であったり、そもそも年金や社会保障なんて税収から言ってオーバークオリティなんだから、制度設計を変えるのは当たり前という議論が無かったりとか。
日本政府の借金が多いってのは、家のローン組んでる人の、ローン残高だけ見て家の価値を見ていないのと一緒。
年金がもらえないとか騒いでるのは、じゃ老後の暮らし、100%年金をあてにしてたのか?そんなの自業自得じゃないのって事。
社会保障についても年金と同じ事。
問題が大きく取り上げられている背景にある正規雇用者の減少や賃金の低下をちゃんと議論すべきだと思うけど、そこいら辺は現実を報道するだけで華麗にスルーしているのがマスコミの現状だよね。
そこを突っ込むと、TPPだとか、国際競争力だとかなんとか、スポンサー様のご機嫌を損ねる事になりかねないし。
例えば、実質賃金を消費者物価から割り出したら、賃金は下がっても生活レベルは、そんな下がってないんじゃない?
ただ、生活必需品と考えるモノの数が多くなって、それがなきゃって言ってる状態。
でも物価下落の影響をあまり受けないセクションでの貧富の差は深刻だし、そこから将来、社会のさらなる階層化が進む可能性は大きいよねみたいな議論も、あまり聞かない。
なに?って、代表的なのは教育の話だろ。
教育レベルが低下すれば、社会全体に与える影響は果てしなく大きいよね。

さて、消費税の話に戻ろう。
そもそも日本の消費税は課税されない財やサービスを除けば税率が一つ。
多分世界的に見て、まれな税制だと思う。
税率が一つってのは、納税する側も徴税する側も非常にコストがかからなくて、効率的。
でも、いざ税率を上げようとすれば、今のような議論(低所得者への高負担)が持ち上がる。
じゃあ、低所得者にはお金を戻せばいいじゃんってのが今の政府の考え方。
でも、それって結構コストもかかるし、不正受給とか生活保護よりもめちゃくちゃになりそうだよね。
で、軽減税率をって言っている人たちが登場する訳だけど、そもそも軽減て何だ?
一律8%。ゆくゆく10%。将来的にはもっと取らなきゃって、逆バナナの叩き売りかっていう話の乗っかって、それはともかく、うちは下げてよって主張するのは醜い。

軽減税率を認めたら、不正の温床になるって意見もあるけど、税金の考え方で、今回のケースは軽減ってのには当らないと思う。
適切な税率を決めれば良いだけの話。税率が8%とそこから軽減措置を受けた税率っていう考え方は見事に自分のことしか考えていない。
ぜいたく品と日用品と生活必需品。
それだけで最低3つくらいの区分があっていいんじゃないか。
その区分が不正の温床になるという考え方も分るけど、それは厳罰化をするなり対策を取れば良い話じゃない?
出来るかどうかは不安だけど。
そもそも消費税導入の前の物品税じゃ、品目別に税率を決めていたはず。
IT化も進んでいるんだから、あのレベルが出来ないなんて言えないでしょ。

あ、あと消費税を上げないと赤字が膨らむって話、別にアメリカみたいに国連の拠出金を払わなきゃいい話だし、ODA支出や世界銀行への支援を“日本の財政健全化のため”取り止めたっていいわけ。
ODAの債権放棄もしないで、ちゃんと取り立てればいい。
困るのは、あちらさんと日本の商社かな。
世界経済も、相当困った事になって、もっとひどい影響が出るかもしれないけど、財政赤字保減らす事が目的ならしょうがない・・・ってか。
財政赤字なんて、トータルで見て判断しなよ。
格付会社がどうこう言うけど、日本国より格付会社の経営の方がヤバいのは明らかでしょって話。
それを理由に、ろくな税制論議もしないで税率上げるって、何処かに脅かされているとしか思えないね。

2012年6月26日火曜日

生活保護問題を考える

生活保護の不正受給が社会問題となっている。
あるお笑い芸人が、貰えるものは貰っておかなきゃ損といって母親に受給させていたとか、高級マンションのローンを自分が払って、母親を住まわせ、生活保護を受給していたとか。
外国人による不正受給のケースも報告されている。

個人としては、貰えるものは・・・って考え方は社会人として論外(不正だと思っていようがいまいが、発想自体が最低)だし、外国人=国籍が無い人に日本の税金から生活を援助するというのも筋が違うと思う。
何しろどんだけ赤字なんだよって状態で、消費税を上げなきゃならなくなっているわけだから、貰わなきゃ損って思っている時点で退場。出稼ぎに来て食えないからって生活保護で暮らすというのも、原則としてありえない。

財政が火事の中でも生活保護費を出すというのは、生存権の確保という意味で必要だけれど、最低限度の文化的生活って範囲を緩く取り過ぎてるんじゃないかと思う。
自分の経験でいえば、1ヶ月5~8万円あれば、それなりに生活できていた。
一人暮らしで、家賃2万円・共同トイレ・共同風呂のアパートだったし、携帯電話もなかったけど。

生活保護は、そのレベルまで。(最近は、そういうアパートも少なくなったけど)
もちろん、親族名義の部屋に無料、もしくは著しく安い家賃で入居するというのは無し。
子供やお年寄りは別の仕組みで援助する。
まずは、そのあたりから見直してみてはどうだろう。

2012年5月6日日曜日

日本の原発すべてが止まった日

昨日、2012年5月5日、北海道電力泊原子力発電所が定期点検のために運転を停止。日本国内の原子力発電所全てが運転を停止した。
原発がない状態は、42年ぶりだそうで。
問題が無ければ、とっとと再稼働すれば良さそうなものだが、問題が無いとは言えないからこうなる。
日本に原発を積極導入した理由は少資源国の日本が、多くの輸入に頼らず電力を安定供給できるって事のほかに、将来的に核兵器への転用ってのもあったと思う。
そういう兵器由来のエネルギーだから、リスク評価の面を一般の目に触れないように隠されていたって事は無いだろうか。
核廃棄物については、年金問題と同じで、そのうち将来の人間が何とかしてくれるだろうという楽観的な気持ちもあったかもしれないし、こんなにあちこちに断層があるなんて、当時の技術力じゃ分らなかったのかもしれない。
今現在の状況を見れば、原発政策は誤りだったと思うし、その誤りのダメージを最小限にして、次のステップへ行くには早急な決断と、対応策の作成と実施が必要だ。

もっとも、この原発対応については海外からも高い注目を浴びているようで、この対応は世界経済に大きなインパクトを与える可能性がある。
エネルギー政策として、これから原発を建設しようしている国、原発の是非で国論が割れている国。
また、脱原発となれば、原発産業でもっている地方や、重要な事業部門として位置付けしているメーカー、原発を資産として持っている電力会社それぞれに大きなダメージを与えるのは間違いない。
単純に、止めますとは言えない構図も理解しつつ、解決策を探る必要がある。

2012年4月14日土曜日

原発再稼働基準に思う事

政府が大飯原発の再稼働方針を決めた。決定の基準は、安全性と必要性。
しかし、とっても大切な事を忘れていないだろうか。
それは、一時期盛んに言っていた核燃料のリサイクルが不能になっていて、運転に伴う核燃料廃棄物の処分の見通しが不透明だって事。
そもそも核燃料をリサイクルするするって発想は現実的じゃないってのが現段階。
安定した地層で埋め立て処分するというのが、唯一の最終処分方法だ。
日本には処分可能な安定的な地層なんてないから、どこかの国にそういう処理をお願いする事になるっていう事を忘れてないかい?
受け入れ国だって、受け入れ出来る量に限度はあるだろうし、需要と供給の関係から考えれば、原発を稼働して行く限り処分費の高騰は避けられないよね。
再稼働するなら、原発は、クリーンで安価な発電方法ですって言ってた政府や電力会社、原発製造に関わるメーカー。
それを検証もせずに垂れ流してきたマスコミ各社は、説明責任を果たすべきだ。
政府と言っても、方針を決めてきたのは自民党政権時代なのだから、今は野党とは言っても自民党もキッチリ前面に出てね。

2012年4月10日火曜日

デモが通り過ぎた後に

日曜日、買い物に出かけた。

馬車道の交差点を伊勢佐木町へ渡ろうとすると、後ろからリズミカルな太鼓の音とシュプレヒ・コール

原発再稼働反対のデモらしい。
自分も昔は、動員されてデモに参加していた事があるけど、参加単位は労組だった。
労組の旗の下に組合員が集まり、整然と行進する。
夜の銀座デモなんて、地区労と産別が一体となって、それぞれの旗を立て、ブラバン付きでデモしてた事もある。(今もやってるか・・・)
でも、このデモには産別の旗も単組の旗も無い。
敢えて、そういう旗を出していないだけかもしれないし、実際に何の関係も無い人たちなのかもしれない。
民主党が政権党であるからということが関係あるかもしれない。
なにしろ、あの政党の支持母体には労組もいるわけだし。
ああ、何て不自由な状況だろうと思うと共に、デモという表現方法は、まだ有効なんだろうなって思った。

自分は、あのデモの後ろにつかなくて良かったのか?
通り過ぎた後に、少し考えた。

2012年4月3日火曜日

この不確かな日本の中で

今日、今年大学を卒業したばかりの22歳の面接をした。
ええ、アルバイトですよ。
社員を採用したいのは、やまやまなんだけど、実入りが少なくなる中で、なかなか社員から人材育成って余裕はない。
確かに、自分がやりたい仕事にこだわった結果としてアルバイトの面接に来てくれたんだけど、それで良いのかなって思わなくはない。
自分の時は、とりあえず正社員になっとけって感じで就職する人間が多かったと思う。
その結果を今振り返れば、就職じゃなくて就社だなって。
良く言えば愛社精神が強い、悪く言えば向上心が無いって言われる人が多い。
それが良いのか、悪いのか、一概には言えないと思う。
しかし、若い就業者の絶対数が減少する中で、それでも就職する機会が減少しているって事実はどう考えればいいんだろう。

今の年金システムの欠陥ってのは、凄く早くから指摘されていて、自分だって中学校で人口ピラミッドモデルを習った時に、当時の教師が言っていたような気がする。

消費税の欠陥って、散々議論した結果が反映して、今の仕組みになったわけじゃなく、自民党一党支配の中で、官僚が作った法案がそのまま通ったって印象。
広く浅くまんべんなく取ることで、3%の税率に抑えましたってのが眼目だった気がするけど、ホント、バカじゃね大蔵官僚って思ったのを覚えてる。
高給取りや将来を約束された人間は、本当に生活に困るなんて事は無いだろうから、食料品に課税したって、それを除くための徴税コストの方がもったいないって思っちゃたんだよね。将来、増税は不可避という予測をしていたにも拘らず。

原発だって、そう。
自分が小学校の時分、大反対運動が起きて、そこは誘致断念になったんだけど、別の所に出来てしまったり。

言ってみれば、今良ければいいじゃんって発想でやってたんだろうか。
将来の事は、将来考えればいいって。
それじゃ駄目だったのは、みんな分かってる。
でも、その時に決めた仕組みは動いていて、それによって受けた利益は既得権として社会に定着している。
そんな、場当たり的な対応は、今の不確かな社会を作ってしまった。
もちろん、それは日本だけの事じゃないんだけれど。
ぼくたちはいったい何をすれば、この社会を、将来の人たちに胸を張って引き継げるんだろうか。

2012年3月20日火曜日

なんだって経済はうまく回らないようになったのか?

先進国と言われる国々で財政危機と言われるようになって少し経つ。
財政危機とは、どう状況かと言えば、政府部門の支出が収入を上回り、このまま行けば破綻の危機になるだろうと言う予測がされること。
政府部門の主な収入源は税収なわけで、税収以上に国民にサービスをしているとも言える。
税収の範囲で政府を運用しようやって話になるのは当然だけど、ややこしいのは税収が見込みを下回った、もしくは将来の税収をアテにして国債が発行されていて、そいつの金利や償還資金も現在の税収から支出しなければならないって事。
それを計画的に何年かで返済するにしたって、ただでさえ税収が落ち込んでいるところでやるわけだから、社会サービスの量や質は落とさざるを得ない。
じゃ、増税やるかって話になるわけだけど。
ここでの問題は二つあって、一つは、なんで税収が落ち込んでいるのか。もう一つは、税収以上のサービスを行う必要があるのかって事。

後ろの方の議論は、あんまりされない。だって、政治家がそんな事言ったら選挙で落選必至だもの。でも、重要な要素だよね。それって。
てな事で、民主党の税と社会保障の一体改革って総論賛成・各論反対って事態になっている。
そんな事言う前に無駄遣い無くせよとか、議員とか公務員の数を減らせとか。
しかし考えてみれば、無駄遣いでもストックせずに使ってる分には経済を回す一助になってる。
このご時世、公務員の採用を抑えたら、さらに失業者が増えて消費マインドが冷え込んで不況に拍車をかけることにならないかい?
結局のところ、税収を上げるにはどうすればいいのかって事を考えるのが一番なんだけど・・・
ちょっと街を歩けば、走っている自家用車の数は減ったと思うけど高級車はバンバン走ってるし、高級マンションも建っている。
これって、貧富の差が拡大していることの証左。
製造業にしてもサービス業にしても原価の削減って言われてて、人件費や仕入額の削減が行われている。
これは、安いサービスを提供するためなわけだけど、ここで抜かれる利益額も減っていて、量をこなさないと満足な利益が出ないなんてことが当たり前にある。
まあ、本心からお客様に安くサービスを提供するのが目的って言う人たちの集まりなら、それはそれで満足なんだろう。
それで満足できる人が多くなれば、現状でも何とか幸せだって感じる事が出来るかもしれない。
でも実際は、自分たちが利益をあげるためな訳だから、より貧富の差ってところに目がいってしまうんだと思う。富の偏在っていうのは、経済を停滞させる一因だ。
商品を1人の人しか買えない状態と100人の人が買える状態、どちらが発展可能性があるかって話でしょ。
所得の再分配は政府の主要な役割の一つだけど、国際化する中で、自分の国だけ厳しくそれをやっても、よっぽどのインセンティブがない限り、そういうのが緩い国に富裕層が流れていく。
つまりは政府の力が弱まっているということ。

じゃ、政府の力を弱めたり、このご時世でお金を儲けたりしているのってどんな人たちかって言えば、金融に絡んでいる人たち。
彼らには、コストの削減なんて関係のない話で、適当なストーリーをでっちあげて通貨レートや株価の流れを作ってしまえば良いだけ。
何の生産性も無いけどね。
起業家にしても、事業が成功して有り余る資金を得ることができるのは、金融部門の存在なしにはあり得ない。
そんなわけで、昨年の「ウォール街を占拠せよ」という運動がされたわけだと思う。
ボーダーレスになった金融と、国という枠組みの中でしか動けない政府。そして、国際間にある貧富の差。
このギャップがある限り、多分問題は解決しない。
で、金融部門は、このギャップを利用してお金儲けをしているわけで、問題を解決してもらっては困る立場なんだよね。
この連中を何とかしなければ、多分経済は上手く回らない。

2012年3月17日土曜日

年金の補填って必要なの?

厚生年金基金に加入していた会社の倒産により、残った会社に基金の返済額が寄せられて、年金倒産が起きるって、言われだした。
そもそも、国に代わって加入者が基金を作って年金を運用するって仕組みを始めた時に、この事態を想定していなかったという、お粗末な話なんだけど。

自分が思うに、国より効率良い運用をして儲けようという理由で、自主運用部分を設けてもらう形で基金が設けられたなら、当然、損をしても自分らで被るべきで、いまさら救済を求めるのはおかしい。
すでに年金を受け取っている人たちも、基金が解散したなら、その分は受け取れなくて当たり前だと思う。
自分が儲ける事だけに目がくらんで、失敗した時の事を考えなかった事は、責められても仕方がない。
それは経営者側の問題で、働いている従業員には関係ないというかもしれない。
しかし、厚生年金基金の有無は、会社情報として知ることが出来るし、人によっては厚生年金基金があるからという理由で入社を決めた人もいるわけで、従業員も無過失という事にはならない。
将来の利益を当てにしたという意味では、責任が無いとは言えないということ。
また、退職した人についても、確定利回りだという事を振りかざすだけでなく、現実の運用実績を見て、譲るべきは譲らなければ、差額は誰が負担するのかという事を考えるべき。

正論を言うのが役所の役割だし、そういう立場で判断をして舵を切るというのは、政治の役割。
反対が多くて難しいと言って、負担を広く浅くと、誤魔化して関係の無い人を無条件に巻き込むというのは、最悪の決断だ。

2012年3月4日日曜日

ぼくたちが失ったもの

今日、街を歩いていて、ブック・オフ(大手のチェーンの古本屋さん)から出て来た若いお母さんが小さな子供に言った言葉を聞いて、とても悲しくなった。
「あっちの本屋さんは、高い本屋さんだから。」
出版関係の世界にいた事がある自分としては、ちょっと待ってよ。それが正しい値段でしょって言いたくなる。
でも、確かに多くは無い収入の中で、ひょっとしたらパート勤めのお母さんの月収の十分の一以上するかもしれない本は贅沢品だ。
一方、自分は正社員で、飲んだくれて、好きな本を読み、好きな映画を観て・・・。

今の社会は、そういう格差を生んでいる。
誰のせいなのか。何が原因なのか。
分かったところで、ぼくは何をする事も出来ない。

なんでこんな社会が出来てしまったんだろう。
多分、自由主義だとか、資本主義だとかいう言葉に縛られて、ぼくたちは人間として大切なものを失った。
それは、人を思いやる気持ちと行動力。
自分の損得を越えた、社会としての幸福の追求。

去年3.11の震災は、とても不幸な事だけれど、それに気づく契機を与えてくれたと思う。
でも、未だにそれに気づいていない人が大多数のような気がする。

2012年2月26日日曜日

言葉は気持ち通りに伝わっているか

昨日、“大学生の24%が「平均」の意味を正しく理解していないなど、基礎的な数学力、論理力に大きな課題があることが、日本数学会(理事長・宮岡洋一東京大教授)が実施した初の「大学生数学基本調査」で明らかになった”という報道があった。
言葉って、お互いの共通理解があって初めて自分の気持ちが正しく伝わるわけで、“平均”なんて言葉の概念自体が理解されていない事態って、ちょっと驚いたわけ。
これは、数学の学力が落ちているというレベルの話ではなく、コミュニケーションが取れるかどうかという、もっと深刻な問題を示唆している。
“平均”という言葉だけではないだろうというのは想像に難くない。

言葉の齟齬がある中では、議論が議論にならない。とっても深刻な問題だ。
今起こっている事態や、これから発生する問題の根が詰まっているニュースだと感じた。

2012年2月19日日曜日

雇用のミスマッチとか経済の継続的成長とか

仕事が無いと言う一方で、人がいないという状況がある。
どういう事かというと、仕事が無いというのは自分のやりたい仕事、妥協できるレベルの仕事が無いという事で、仕事自体はあるという事。
日本の場合、最低賃金とかって仕組みがあるから、本当に生活できないって場合は少ないんじゃないかと想像するけど、やっぱり自分のやりたい仕事とか、我慢できる仕事とか、維持したい生活レベルって話があるんだろうな。
でも、考えてみれば働かなきゃ生活は出来ない訳で、気に食わないから仕事しないってのは、随分な甘えだし、それに失業給付や生活保護を与えて税金を投入するっていうのも、甘ったれた仕組みだなって思う。

実際に、家族抱えてこれしか収入が無いって人は保護すべきだけど、気に入った仕事が無いから働けないって人に公的保護の網をかけるのは間違っていると思う。
だって、みんな自分が好きな仕事をしているわけじゃない。我慢して働いている人はたくさんいるんだ。
だって、仕事は趣味・嗜好のものじゃないからね。

求職者がパソコン使えなくて、求人側がパソコン使えるのが条件。そいうのは雇用のミスマッチと言えるだろうけど、その仕事は自分には向かないって努力せず、端から働かない人はミスマッチではない。
結局、今の景気の悪さって、自分は、自分はって自己主張だけが強くて、国が何とかしてくれるだろって人が増えた結末じゃないかって気がする。
TPP問題が煩いけど、TPPが完全導入されたら、業種によっては年収数万円の国の人たちと競合する事になるわけで、そうするとまた、自分はそうじゃないって人が増えて失業者が増大するんだろうな。
自分の生活レベルはそうじゃないって逃げていて、これは無理って思いきれないと自分も苦しいし、そんな人を多く抱えた国自体もダメになるんなろう。
生活レベルは変動するもの。
そう割り切らないとね。

一方、投機的な投資家サイドはどうかと言えば、常に利益の最大化を求めていれば、投資先は十分な事業に対する先行投資が出来ないからの将来の収益は減少する。
投資家は、ころ合いを見計らって、その会社の株式を売却して別な会社の株式を買って同じ事を繰り返せばいいけど、売られてしまった企業はどうなるのか。
そんな事をやっていたら、継続的な成長とか、見込めるわけがない。

金融立国とか言ったって、実績が求められるファンドマネージャーの正体はそんなもんだから、景気のよくなりようは無いわけ。
そんな吸血鬼まがいの投資行動を改めない限り世界は安定化しないけど、彼らは安定化を求めてはいないだろうからね。
投資家に、モラルという枷は期待できないようだから法律という枷をと言えば、それじゃ別の国でやるっていう風に枷をはめる事は出来ない。
世界中に不幸をばらまいて、飽く事が無いだろうね。
投資行動自体の世界的な行動基準のコンセンサスがとれなければ、不幸の拡大再生産セクターである事は間違いない。

基本、人の心の在り方の問題と括る事が出来るけど、それじゃ大雑把過ぎて、何の解決策にもならないな。

2012年2月8日水曜日

年金って必要か?

年金制度を維持するために、大変な事になっているらしい。
一方で、自分の周りの人間に訊くと、当てにしてないって人間がほとんどだったりする。
その中には、自営業で、そもそも貰う気も無いからずっと未納って人間もいる。
個人的には、今掛けている保険料は、今もらっている人たちに必要な分=親世代を養うのに必要な分って割り切っているけど。
じゃあ、自分の子供世代に同じ事を言えるかって言えば、状況も違うし、自分は好き勝手やってきたから養ってくれとは言わないよ。自分の始末は付けられる措置は考えているからねって。

そう考えた時に、今政府がやろうとしている年金制度って、必要だろうか?
税方式にするのは、今に受給者分だけにして、将来的に自己責任にとかできないものだろうか?
自己責任が取れない人は、公的年金ではなく生活保護で良いじゃん。
その辺の切り分けって、今恩政治家の人々は出来ないのかね。

2012年1月14日土曜日

公共部門のコスト削減とモラルの問題

先日、元オウム真理教信者で、殺人に関与したとして指名手配されていた平田信容疑者が警察に出頭したというニュースがあった。
その平田容疑者と行動を共にしていた女性が、偽名で働いて生活を支え、健康保険や年金にも入っていたっていうニュースから、仕組みが不完全だっていう指摘している人がいる。
でも、それって加入者側=雇用した会社の問題じゃないかと思う。
そういう不正をなくすために公共部門の仕事が増えるってのは、費用削減をしなければならないという状況と反する。
掛ける側がちゃんとすれば、不要なコストだよね。
どんな仕組みを作っても、不正をしようとする人がいる限りは無くならない問題じゃないだろうか。

対策として出されている国民総背番号制って、相当昔、自民党政権時代に導入が検討されていたけど、個人のプライバシーの問題だとかで導入され中って経緯がある。
今回は、そういう議論が無いけど大丈夫なのか。
住基ネット導入の時だって、ゴタゴタあったよね。
今回は、背に腹は代えられないって事かな。

健保、年金の問題に限らず、国に頼るって発想が無く、自分らでちゃんとするってモラルがあれば、公共部門の負担も減るだろう。
しかし、モラルって社会の共通認識って事だから、育ったバックボーンが違えば共有が難しい。
日本は、第2次世界大戦後から高度成長と言われる時代までは、共通の目的を持っていたから、モラル感の共有について、問題は起きにくかったんだと思う。
しかし、価値観が多様化し、貧富の差も拡大し、外国人の比率も高くなってきている今の日本では、同じモラル感を持って社会生活を送っていく事は難しくなっていると思う。
そのためには、法律による細かな規制が必要になるんだろう。
そうすれば、それを守らせるためのコストは増える事になるわけで。

財政再建を、どうやって進めていくか。
難しい問題だ。

2012年1月8日日曜日

年金の逆インセンティブって・・・

年金制度の崩壊ってのは、もう止めようがない。そもそも制度設計が間違っていたのだからって議論がある。
まあ、今の状況から見たらその通り。
ただ、それを以て単純にインセンティブが無いから年金を払わないってのは、100%間違っている。

見落として欲しくないのは、今の社会は何の苦労も無く出来たものではないという事。
今の70歳以上の人々の若かった時代には、日本は貧しく生活も不便だった。
コンビニも、携帯電話も、自動販売機も、パソコンも無く、テレビも珍しという時代。
そこから今の便利な社会を築き上げてきたという事を考えれば、自分たちにインセンティブが無いから払わないって言っちゃう人の神経が分からない。
ただ、確かに今の社会では就職先も無く、払いたくても払えないというのであれば、理解できるけど。

一方で、日本政府の財政の国債依存体質を考えれば、そもそも年金とか国が関与して補償する必要はないんじゃないかと思える。
財政が赤字になるという事は、オーバー・クオリティなサービスを提供しているという事だから。
無駄なコストの削減は不断の努力で行うとして、年金制度改革は、そういう事を念頭に行われなければならない。